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February 29, 2008
胸いっぱいの愛を
ドラム、ジョン・ボーナムの不慮の事故死によって解散してから20余年を経て、たった一夜復活したバンド。しかもドラムを担当するのはジョンの息子、ジェイソン・ボーナム。それだけでもこのバンドがいかに本質的な存在かわかる。そしてこのバンド・パフォーマンスはオリジナルメンバーが60代というハンディキャップを反転させて、ロックのカリスマ性の核がどこに存在しているのかを見せつけた。どんなに新しいバンドよりも、このバンドに僕は憧れと尊敬と興奮を覚える。このバンドは自分の生きる時代に神様が与えてくれた奇跡だ。これを見てまた泣いた。投稿者 isao tsuge : 06:17 AM
February 28, 2008
Led Zeppelin/Achilles Last Stand:アキレス最後の戦い
旅立たなければならないと彼らが告げたのは4月の朝だった。振り向くと微笑を返したあなたに、どうしてNOと言えるのだろう。いつも夢に生きることが楽しみのすべてだった。ああ、よろこびを歌うのは、我々が再び帰ることができたとき…。彼らは私を振りほどき、生還の望みがない人たちの列へ。寂れた街でこの一年に見たのは、悪魔たちの穴ばかり。ああ、砂の大地と想像もしえない日々へ旅立つのか。ああ、夢に触れようとしても、もう瞳には何も映らない。太陽の南へ北へ、金の財布という欺瞞へ。地面に置かれた砲列。妨げの数々が困難さを物語る。ああ、風に乗り、空を踏みつけ爆音の上へ行けたなら…。ああ、大声で笑い、踊りながら軍勢の向こう側へ行けたなら…。先遣隊が指す先には、巨大な軍隊の進行。欺く硝煙が我々の足を岩陰へと導く。もし少しでも物音が響けば、それは王のための福音だ。誇り高く響く重厚な足音に、肝を冷やさずにいられない。過酷な日々が続き、誰も彼も永遠の夏の輝きを夢想した。けれど遠く離れ、目指すには疲れすぎていた。ああ、甘い記憶は魂を清め、傷を癒す。ああ、私は捨てられていくのか?いまは再起のために眠るのみ…。彷徨い、彷徨って、そこはたしかな休息の場所。アキレスの力強い腕よ、地上の天国をお守りください…。雨が降る。雨が降る。雨が降る…。アキレスの力強い腕よ、地上の天国をお守りください…。 まさにこんな心境かも、今。投稿者 isao tsuge : 03:43 AM
Led Zeppelin:07'復活ライブ/Stairway to Heaven
これを見た時、本当に泣いてしまった。投稿者 isao tsuge : 03:24 AM
February 27, 2008
旅で得たもの
21から25日までの旅は濃いものだった。仕事のようでいて、どれもきわめて私的な関係を要するもので、僕にとってこの旅は、一種なにか魂をとりもどすかのような役割をもった。まだ映画の撮影は進行中だが、これも余すところ約一週間。この期間によって僕に変化が起こり、すっぽりと抜けさってしまった部分があった。それがこの旅によってずいぶんと埋められた。結局、人は孤独な旅をしていて、いろいろなものに出会う中で、意志を強く持ち、独自な世界を見つけるために進化し続けることを止めないことが、真の誇り高さなのだ、ということだ。投稿者 isao tsuge : 06:38 AM
February 26, 2008
The Song Remains The Same
俺には夢があった。それも馬鹿げた夢だった。知りたいことは何でも知ることができ、行きたいところには行けるという夢。俺の歌を聴いてくれ。みんな今すぐに聴きたくないかい?いっしょに歌おう。きみは何を失おうとしているのか気付いていない。きみの心にある小さな歌のかけら。それがどんなに小さいと思っていても、育てていかなければならない。育てていかなければならないんだ。カリフォルニアの太陽…純粋なカルカッタの雨…ホノルルの星空…歌は永遠に残る。ハーレ・クリシュナへの賛歌を大合唱しよう。いかれた淫靡なダンスを踊ろう。街の明かりはますます輝いている。そして俺たちは滑り落ちていく…滑り落ちていく…滑り落ちていく…投稿者 isao tsuge : 10:37 PM
February 09, 2008
空白に落ちた男
ダンサーの首藤康之さんとパントマイムの小野寺修二さんによる「空白に落ちた男」をベニサン・ピットで拝見する。素晴らしかった。二月いっぱい上演されているので観られた方いいです、これは。当然パントマイムなので「言葉」がないのですが、充分伝わる。スピード、技術、ロジック、イメージ。どれも統合されて一体化している。言葉がない分、伝わることもあるのだと実感。タイムリーでした。
投稿者 isao tsuge : 04:01 AM
February 08, 2008
大切なこと
この作品の撮影中、自分の定位置は監督の斜め後方右隣りにすわらさせていただいている。そこでモニターをチェックしながらキャラクタ−の細部の修正の指示出しをする。そのモニターを常時見ているのは監督、チーフ助監、記録と自分なので、それぞれの人間性を肌で感じることができて面白い。皆仕事に集中しているし、寡黙で孤独なのだが、それでも人間というものは十分伝わる。で、はっきり言えるひとつには「作品に対して純粋な気持ち」ということだ。ここのモニター回りで発生しているエネルギーは純粋そのものでそれをとても美しく感じる。世界の中で純粋な瞬間に出会うことは少ない。そしてその瞬間が持続するのは奇跡的なことだ。それがこのモニター回りには、今ある。そしてその純度は、作品に対する不純物を徹底的に排除する。それは形を変えたヒューマニズムで、作品に対して殉ずるような、自己犠牲的な空気すらある。このエリアで仕事をするということはそのような覚悟を必要とし、そしてそれを許されることを心から光栄だと思う。投稿者 isao tsuge : 08:50 AM
February 05, 2008
府中
毎朝早い。市場に仕入れに行くようだ。午前いっぱいうだうだ寝ていた日の思い出とかすっかり忘れて、いまや自然に目が開いて集合時間よりはやく着くくらいだ。そういえば昨日、うまれてはじめて電車を乗り過ごすということをやらかした。面白かった。いつも通り「狂熱のライブ」の「The song remains the same」を大爆音で聴きながら乗ってたらいつのまにか府中にいた。調布なんですが、下車駅は。ものすごくうけた。投稿者 isao tsuge : 05:29 AM