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December 31, 2007

大晦日

表参道では参拝客目当ての屋台が組み立てられ始めている。年内の撮影も29日で終わり、わずかではあるが年末年始の匂いを感じることができる。やらなければならないタスクがないわけではないが、世間が活動していなければ一種の自主トレのようなものに過ぎない。結局、自分の活動やそこから起こる喜びやストレスは社会との関わりから発生するに過ぎないのだと、このような休みのひとときに実感する。かといって完全な孤独は人を狂わせるのだからそもそも人間というのは不条理そのものだ。ひとりもだめ、大勢もだめ。反転すれば、ひとりを求め、大勢も求める。都合がいいようにも思えるが、白黒ばかりではなくグレーもある。むしろグレーゾーンこそ幅広い領域で、その真ん中のグレーを選べることも素晴らしい能力なのかもしれない。中庸とはそのようなことか。白や黒は明解さゆえに目に見えやすく目指しやすい。またプロパガンダしやすく正義にも見える。一方グレーの領域は状況によって絶えず変化を強いられその本質は揺らぎつづけている。中庸とは環境に適応した変化そのものだ。白黒つけなきゃならない時もあればグレーでいなければならない時もある。この一年をふりかえってみればそんなことだらけだったような気がする。しかもほとんどグレー。グレーな一年だ。でもなぜか達成感がある。不思議だ。

投稿者 isao tsuge : 09:36 AM

December 28, 2007

小石

このレポートは読者のコメントをいただけない仕組みになっていますが、ときおりコンタクトのメルアドからご意見や感想が届く場合がある。レポートに限らずどのような表現であれ、自分の意図が正確に伝わることばかりではないだろうから書き手としては実は緊張している。そのような継続性のなかで、極まれに感謝の言葉をいただくことがある。それはとても有り難く励ましになる体験だ。今日もそれがあった。パリからだった。東京で落とした小石の波紋が時を隔てずに遠い街で共有できる「今」を感じずにいられない。今年最後のしあわせ。

投稿者 isao tsuge : 10:09 PM

December 26, 2007

厳密と寛容

一年がもうすぐ終わろうとする時には、今年自分が何をなし得たのか、そのようなことがあっただろうかなどと思う。まったく満足いくべきことなどないと感じられもするし、まんざらそんなこともなく達成できたこともひとつやふたつあったかもしれないなとも思う。気の持ちようということだろう。自分に厳しくいながら不測に起こる出来事に寛容で、すべてに感謝に満ちた態度を両立するのは楽なことではない。しかしきっと厳密と寛容は両立できるような気がする。今年はいろいろな局面でこの難しさを感じ、またそのハードルをすこしづつ越えて来たように思う。

投稿者 isao tsuge : 06:59 AM

December 24, 2007

ヨハネによる福音書 第1章1節ー5節、10節ー14節

初めにことばがあった。ことばは神と共にあった。ことばは神であった。このことばは、初めに神と共にあった。万物はことばによって成った。成ったもので、ことばによらずに成ったものは何一つなかった。ことばの内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。暗闇は光を理解しなかった。ことばは世にあった。世はことばによって成ったが、世はことばを認めなかった。ことばは自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった。しかし、ことばは、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた。この人々は、血によってではなく、肉の欲によってではなく、人の欲によってでもなく、神によって生まれたのである。ことばは肉となって、わたしたちの間に宿られた。わたしたちはその栄光を見た。それは父の独り子としての栄光であって、恵みと真理に満ちていた。

投稿者 isao tsuge : 11:30 PM

年末年始

師走は忙しいのが普通なのかもしれないが、年をまたいで映画を撮るのは初めての経験だ。もともと映画畑ではないが昨今の邦画バブルのあおりを受けて参加させいただくことが多くなった。映画撮影のタイトなスケジューリングは師走も年始も関係なく、まぁ元旦三日から撮影開始だ。とは言えそれに圧迫感を感じる訳でもなく、11月のハワイ島から帰ってきて以降、何か精神的にも肉体的にも気持ちよく吹っ切れたような感覚があって調子がいい。このままのスピード感で疾走できればと願う。

投稿者 isao tsuge : 07:57 AM

December 17, 2007

オーラ

ダンサーの首藤康之さんが主催するバレエスタジオ「The STUDIO」の忘年会に参加させていただく。彼はいつも優雅で美しい。そこの先生のおひとりにオーラの色が見える方がいて、自分も興味津々で見ていただくと<緑と金>だった。緑=平和主義 金=高貴だそうで、内心「いいんですか!?」という感じでテンションがあがりました。緑と金ってなんだか日本画の色組みみたいで自分の後ろに屏風が立っているような気分になった。会は大盛況で、素晴らしい方々が集まるのも彼の人柄のなせるところだなと感心した。

投稿者 isao tsuge : 02:50 AM

December 10, 2007

ふと

めまぐるしい毎日を送りながらふとぽっかりと空いた時間に過去の旅の情景が脳裏をめぐった。これまで様々な国を旅した。自分のおかれていた状況や若さならではの感受性でそれぞれに甲乙つけ難い素晴らしい思い出がある。そんな中で自分の古い細胞をすべて上書きするに等しい感動を与えてくれたケニアを忘れられない。野性と荒涼感が綯い交ぜとなった、生と死を同義で直観できるような粒子に充ちた地。東京という管理された世界の中では自然が与える生と死を目の当たりにする難しさがある。しかし彼の地では荒涼としたサバンナの四方に巻き上がる数本の竜巻を確認するだけで、間近にある死やそれゆえの生を実感することができる。インドを訪れた際似たような厳しさを感じたが、そこにはもっと宗教的なフィルターがあった。しかしケニアにはない。ただ生まれ死ぬだけの殺伐とした広大な空間が存在しているだけだ。ただ存在しているだけ。この突き放した美しさというようなものに、一種の憧れと共感を覚え、磁力を感じてやまないのかもしれない。

投稿者 isao tsuge : 10:28 AM