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December 13, 2005

冬の京

関わってる仕事の売上が極めて良く、こんなご時勢に申し訳ないが軽い撮影と忘年会のために二日間京都へ行った。昼近く到着すると早速「サバティーニ京都」へ行く。この日サバティーニは休日にも関わらず10名少々のわれわれのために店を開けてくださる。コーディネーター澤田さんのお力だ。青山にある本店とは趣の異なるこじんまりした店舗は町屋をリノベーションしたもので、非常に贅沢な工事がされていた。二階の広間には8枚ほどのピカソのドローイングが掛かる。本物である。この日のために用意されたランチはメニューには載らない特製パスタを中心としていた。言うまでもない美味だった。

昼食の後、1カットのために清水寺近く「京都坂口」へ行く。ここは3000坪の庭園を有する老舗料亭で一日に一席しか設けない。とどこおりなく仕事を終えてお茶をいただく。ここ坂口は豊臣秀吉正室北政所と縁が深く、縁戚の茶室がある。そこで一服いただいた。
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宴会まで少々間が空いたので近くの高台寺(こうだいじ)へ赴く。ここは秀吉亡き後、北政所が開創した寺で徳川家康の莫大な財政援助によって建立された。ここの霊屋(おたまや)に北政所本人が土葬されている。高台寺への道すがら季節外れの紅葉をめでる。
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巡回する入り口に「夢」の文字をみつける。秀吉辞世の句「つゆときえ つゆときえにし わがみかな なにわのことも ゆめのまたゆめ」からとられたものだろう。
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なによりこの寺でもっとも感銘を受けた建築は重文の「傘亭」と「時雨亭」だった。利休意匠によるもので創意と質実さが見事に融け合っている。ふたつの建築は土間廊下でつながっているものだが、そのふたつを合わせても然したる土地面積ではない。この寺のもっとも高い場所にひっそりと位置しながら、他の寺に見られるような巨大で威風堂々とした趣を超える存在感をたたえていた。北政所と利休の趣味の良さが感じられる。
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日も暮れてふたたび「坂口」へもどる。舞妓と遊ぶ。舞妓は芸妓になる前、20歳までの処女を指す。舞妓になる前の見習いは半玉という。この日は舞妓二名、半玉一名、地唄歌い、おかみの計五名がいらっしゃった。舞妓遊びはただサービスを待っていてはだめで一緒に場を作り出すというものだそうだ。われわれの仕事と似ている。
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大石内蔵助が吉良の密偵の目をくらますために茶屋遊びに興じた際、よく遊んだのが「とらとら」というゲームでこれはじゃんけんに構造が似ている。一双の屏風を境にふたりが歌にあわせて体の形をつくり合図で見せ合うのだが、「加藤清正(槍をつく形)」「御母(杖をつく形)」「虎(よつんばい)」によって成り、加藤清正は虎に勝ち、虎は御母に勝ち、御母は加藤清正に勝つというものだ。僕もすっかり興じました。下は半玉さん。
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舞妓は未成年なのですが、なぜかお酒をすすめても良いということで、お座敷は治外法権です。小生のアランミクリをかけておどける舞妓の久蝶(ひさちょう)さんもつい最近のお座敷で飲み過ぎ記憶が途切れたそうです。舞妓ワールドは案外カジュアルです。
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こちらはお世話になった八幡屋さんの女将豆龍さん。舞妓さんもよろしいが豆龍さんが最高でした。素晴らしいホスピタリティに感謝します。
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投稿者 isao tsuge : December 13, 2005 02:33 PM